大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成8年(行コ)19号 判決

名古屋市昭和区高峯町七六番地

控訴人

天野道造

右訴訟代理人弁護士

鈴木順二

名古屋市瑞穂区瑞穂町字西藤塚一番地の四

被控訴人

昭和税務署長 小荒忠則

右指定代理人

西森政一

番場忠博

樹下芳博

高田延男

山下純

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

との判決を求めた。

二  被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二事案の概要

一1  控訴人は、平成六年一〇月二四日、名古屋簡易裁判所平成六年(イ)第二八〇号土地所有権移転登記手続等和解事件において、天野鋼鉄株式会社との間で、同社から、和解条項所定の事実(以下「附款事実」という。)が実現したときに、三億円の解決金(以下「本件解決金」という。)の支払を受ける旨の和解をしたが、同年度中に解決金の支払を受けることはなかった。

2  控訴人は、平成七年三月九日、平成六年分の所得税の確定申告書中に、本件解決金が平成六年分の一時所得に当たるとしてその旨記載し、確定申告をした。

3  被控訴人は、前記附款事実が平成六年度中には実現しなかったことを理由に、本件解決金が平成六年分の一時所得には該当しないとして、右確定申告中の一時所得の金額のみを平成七年七月七日付けで減額更正する旨の通知をした(以下、右通知を「本件更正」という。)。

しかし、これによって、控訴人の平成六年分の所得税の課税標準及び税額等に変動を及ぼした事実はない。

4  これに対し、控訴人は、平成六年分の収入として本件解決金を計上できれば、三年前に生じた純損失の繰越控除の対象とすることにより本件解決金から納付すべき税額は生じないこととすることができたのに、本件更正が行われたことにより、それが否定され、将来本件解決金が支払われた際に、それが当該年分の収入として扱われ課税される、という不利益を被ることとなった旨主張して、本件更正の取消を求めたのが、本件である。

5  原審は、本件更正が控訴人の平成六年分の所得税の課税標準及び税額等に変動を及ぼしたものでないことを理由に、本件更正が取消訴訟の対象となる処分に当たらず、本件訴えは不適法であるとして、これを却下した。

二  本件争いのない事実、争点とこれについての当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由欄の第二の一、二に記載のとおりであるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

原審は、本件更正が取消訴訟の対象となる処分には当たらないとしたが、以下のとおりであるから、本件更正は取消訴訟の対象となる処分に該当するというべきであって、右判断は誤りである。

1 本件更正が行われたことにより、将来、本件解決金が支払われた際に、それが当該年分の収入として扱われ、課税されるという不利益を被ることとなったことは、すなわち、本件更正は、将来における本件解決金への課税を確保するために、控訴人のなした確定申告の一部を否定した拒否処分にほかならないというべきである。

2 また、原審は、本件更正は、法律上、控訴人が次年度以降の所得税の確定申告において、本件解決金が平成六年分の一時所得に当たると主張することを制限するものではないことを、その処分性を否定する根拠の一つとして挙げている。

しかしながら、本件更正が取り消されないままであると、控訴人が、将来、本件解決金の支払を受けたときにそれを当該年分の収入として計上しなければ、被控訴人が、本件更正を前提とする増額更正処分を行ない、本件解決金に課税することは確実であり、控訴人において、異議の申立て、審査請求、取消訴訟の提起等を行うことが可能であるとしても、右の不服申立て、訴訟提起には原則として課税処分の効力やその執行を停止する効力はないのであるから、控訴人としては本来支払う必要のない多額な税額につきその納税資金を用意していったんは納税する必要がある。つまり、現時点で本件更正の取消しが認められなければ、将来、控訴人は確実に不利益を被りその財産権を侵害されることとなる。

逆に、仮に本件更正が取り消された場合は、本件解決金は平成六年分の収入であるとの裁判所の判断に反してまで、被控訴人が右のような増額更正処分を行うことはないと考えられるので、将来の課税処分と本件更正とは密接不可分であり直接の因果関係があるというべきである。

したがって、本件更正が控訴人の財産権を侵害することは明らかであり、後日なされる課税処分の取消を求めることが可能であるからといって、本件更正の処分性を否定することはできないというべきである。

3 更に、本件更正は、控訴人の純損失の繰越控除をする機会を奪うものである。

(被控訴人の主張)

控訴人の右主張はいずれも争う。

控訴人は、将来の課税処分と本件更正とは密接不可分であり、直接の因果関係がある旨、すなわち、本件更正は、後日の課税を可能にするための前段階たる性格を有し、実質的には課税処分の一部を更正するものと評価できる旨主張するが、本件更正が処分性を有しないことは原判決の説示のとおりであり、本件更正と将来行われるおそれがあると主張する課税処分とは別個のものであって、将来の課税処分を未然に防ぐべく、処分性のない本件更正を取り消す必要性があるということはできない。

第三証拠関係

原審の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の本件請求の訴えは不適法であるから却下すべきであると判断するが、その理由は、原判決の事実及び理由欄の第四に記載のとおりであるからこれを引用する。

なお、控訴人は、当審主張において、本件更正が処分性を有する旨縷々主張するが、その根拠とするものは、事実上の不利益か、または将来の課税処分により被ることのあるべき不利益に係わるものであって、いずれも本件更正の処分性を基礎付けるに足りる事情とは言えず、また、本件更正が存在することにより、控訴人において将来本件和解金が平成六年分の一時所得に当たると主張することが制限されるものでもないから、控訴人の当審主張はいずれも採用できない。

第五結論

よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺剛男 裁判官 矢澤敬幸 裁判官菅英昇は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 渡辺剛男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例